タローの日記

そこはかとなく書きつくる

ベスコングルメの旅

最近、ベスコングルメというテレビ番組を見た。平たく言うと、街を歩き回ってお腹を減らしてから、美味しいものを食べるというロケ番組だ。これを見てから、ずっと自分でもやってみたいと思っていたのだけど、このたびついに実行に移した。

まずは、近所の眉山という山に登って、お腹をベストコンディションにしていく。この山は、標高300mほどのこじんまりした山で、だいたい30分程度で登れる。高校生の頃は、マチアソビというアニメイベントが山頂で行われるたびに、気合で登ったりしていたけど、何の用事もなく登るのは今回が初めてだった。登ってみると想像通りの急こう配で、途中休み休みしながら登った。なかなかにきつかったけど、草木の匂い、鳥や虫の音、マイナスイオンを全身に浴びて、心が洗われたような気持ちになった(どんな気持ちなのか自分でもよくわからないけど)。山頂につく頃には、結構汗だくになってしまった。夏場に登らなくて本当に良かった。けど惜しむらくは、紅葉がまだあんまり進んでいなかったことだ。もうちょっと秋が深まってから登ったほうが、キレイな景色が見れたかもな、と緑色の葉をつけた楓を見ながら思った。

山頂では、自分が住んでいる街を一望できた。上から見るとやっぱり狭いんだな、でも出ようと思えばいつでも東京にも大阪にもいけるな、自分も大人になったな、とかいろいろと思いを巡らせた。たまには山登りも悪くない(でも300mくらいで満足かな)。

一通り山頂の景色を満喫した後、山を降りた。降りる頃には、いい感じに空腹になり、コンディションが整ってきた。満を持して、前々から行こうと思っていた焼肉店、焼肉キングに向かった。躊躇なく食べ放題メニューをチョイス。ついでにアルコール飲み放題を追加。計5000円相当の豪遊をしてきた。まずはビールを一杯。うまいー!そして焼いた肉をビビンバと一緒にかきこむ。うまー!! 一日何も食べずに、山登りを酷使させた肉体に、ビールと肉が染み渡る。怒涛の勢いで注文して、迅速に腹に肉と酒を詰め込んだ。圧倒的満足度。やはり、空腹が最強のスパイスだ。そう感じだけど、ここでも一つ心残りが。もっとコンディション整えられた。まだ空腹にできた。たしかに、今回のコンディションでも十分美味しいのだけど、もっと突き刺すようなうまみを感じたい。そう気づいてからは、中途半端な状態でサウナから出て、外気浴をしてしまったときのような敗北感がどこかに残ってしまった。そういうわけで、いつかまたリベンジします。

山頂からの景色。いい天気だ
ベスコン状態で食べた焼肉&ビール。うまし。

安定感

今日はある人から、生きるのは大変だ、という話を聞いた。その人は僕に比べてとてつもなく忙しい人で、客観的に見て明らかに僕よりも有能な人材だ。その人が、生きるのは大変だとおっしゃっていたのは、なんだか重みが感じられた。僕は割と楽観的な性格を自負していて、生きることも、まぁなんとかなるだろうと考えている(実際、いきなり明日死ぬ確率はかなり低いだろう)。

僕が生きることをそんなに真剣に、というか悲観的に考えていないのは、目の前のことをそんなに深刻にとらえていないからだと思う。仕事も、趣味も、いつもまぁこんなものだろうとどこかで考えている。だから、時々、真剣になにかに打ち込んでいる人を見ると、眩しく思える。僕はそれがなかなかできないからだ。ただ、それをどうにかしようとすることは、もう諦めてしまった。これは僕の性格で、直そうと思って直せるものではないと考えている。諦めてからは、この性格もそれほど悪いものではないと思えるようになった。なにしろ、浮き沈みが少ないので、コンスタントにパフォーマンスが出せる。この安定感が、僕の強みだと思い込むことにしている。

よるの東京ドーム近郊にて

おでけけー

最近、おでけけできていない。もう完全なる引き籠りだ。今日なんて、23時間58分程度家にいた(2分はゴミ出しのために外に出た。でも回収されていて、ゴミは出せなかった)。こう引き籠ってばかりだと、さすがにちょっと外出したくなってくる。でも外は寒いのよ。寒いのは苦手なのよ。というわけで、お出かけしている様子を妄想することにした。

急こう配の坂を、一歩一歩踏みしめて上がっていく。辺りは草木が生い茂っていて、どこが道なのかも判然としない。足が重い。呼吸も、鼻と口の両方からいっぱいに吸い込まないと、とても持たない。とめどなく流れてくる汗を、手で拭いながら、一度立ち止まって、ゆっくりと深呼吸をした。「す、す、はー。す、す、はー。」細切れに吸い込む空気が、土と草の匂いをいっぱいに含んでいて、なんだかマイナスイオンが感じられるような気がする(マイナスイオンが何なのか、よくわかっていないけど)。振り返って、登ってきた道を見下ろすと、草木の隙間から、街の風景が一望できた。あぁ、自分が住んでいる街は、上からみるとこんなにちっぽけなのかと、なんだか感慨深い気持ちになる。きっと、宇宙から見たら、地球すらもちっぽけに感じるのかもしれないな。とか、思春期の高校生みたいなことを考えた。そういえば、大人になってから、目の前のことに急かされるように日々を生きているばっかりで、全然こういうことを考えなくなってしまっている。たまには外に出て、じっくりと色んなことを考えてみるのも悪くない。遠くに見える海を、目を細めながら見つめて、そう思った。

書くネタがなさすぎて、ついにポエムを生成してしまった。。画像は大塚国際美術館から撮った一枚。おでかけしたいでござる。

カレンダーが欲しい

カレンダーが欲しい。そう思って、無印良品AmazonGoogle カレンダーのプレビュー、脳内イメージなど、様々なカレンダーを探してみたが、これだというものがなかなか見つからない。いや、実際のところ、どれもそんなに変わらないので、適当に選んでしまってもいいのだけど、来年のカレンダーを今買うべきかと二の足を踏んでしまっているのだ。このままでは、三の足も四の足も踏み出せない。もう出してしまった一歩目を引っ込めて、カレンダーを買おうという気持ちをなかったことにしてしまってもいいのではないか、そういう気持ちにもなってきた。

そもそもなぜカレンダーを買おうと思ったかというと、デジタルでのタスク管理に限界を感じ始めたからだ。GSS、Googleカレンダー、忘れるなと念じるなど、様々なタスク管理を試してみたけども、どれもタスクを管理できないということが判明した。全く、どれもこれも使えない。もっと僕をタスクに掻き立てるような、素晴らしいタスク管理システムを誰か作ってほしいものだ。と思いつつ、いまそんな夢のシステムがないことに気づいた僕は、アナログならもしかしてやる気になるのではと考えた。幸い、家のスペースは無駄に余っているし、壁に穴をあけても怒られることはない。どでかい壁掛けカレンダーを買ってきて、クリスマスプレゼントを待つ子供のように、毎日バツ印をつけていけば、なんとなく追い立てられてやる気になるのではないか。そんな浅はかな気持ちで、カレンダーを買うことを決意した。こう書いているうちに、決意も新たになってきた(なんの決意かわからないけど)。カレンダーを買うか買わないか、買うとしたらどのカレンダーを買うか、新たになった決意で決めていく所存だ。

昔澄んでいたシェアハウスの靴箱。なんかカレンダーみたい

数学が苦手だ

僕は昔から数学が苦手だ。小学校の算数から始まり、中学、高校、大学と、すべて逃げてきた。宿題はほとんどやらず、友達の解いたものを写しまくっていたし、中学の数学では60点以上を記録したことはない(ただし驚くなかれ。合計点は常に60点を超えていた)。5教科の点数を5角形で表すグラフは、いつも数学と理科の部分がめちゃくちゃに凹んでいた。それを見て僕も凹んでいた。でも凹むだけで、点数は凸にならなかった。

数学の苦手さは、僕の人生の随所で障害となって立ちはだかってきたけど、ここまでのところ、うまいことその苦手さを露呈しないように立ち回ってきている。高校受験の時は、数学のテストは手ごたえとしては壊滅的だったけど、国語・英語・社会でカバーした。大学受験は、面接とプレゼンだけで入れるところを探し出してきて、数学ができないことを隠し通してパスした。就職も、コーディングテストは壊滅的だったけど、面接で「数学もコーディングもできません。エクセルを開いたり閉じたりするのなら任せてください」などといっていたら、なぜか今の会社に内定した。これは、今考えてみればとんでもない幸運で、自分でもなぜここまでこられたのか分からないほどだ。たぶん実社会において、高度な数学力が求められる場面はそれほど多くないのだろう。あるとすれば、お釣りを計算するときと、給料日までの日数を計算するときくらいのものだ(僕はどちらもできないので、支払は極力カードで済ませ、給料日は数えないことにした)。

ただ、以前からこそこそやっているAtCoderで、これまで逃げてきた数学が目の前に厳然と立ちはだかってきた。AtCoderはコンピュータプログラムの問題を解くためのサービスで、毎週コンテストが開催され、発想力・実装力・タイピング力・ゴリ押し力などが試されている(僕が得意なのは、ゴリ押しで解く手法だ)。ここで問題を解くために一番重要なのは、発想力なのだけど、これは、はっきり言って数学力と言ってしまってよい。というのも、AtCoderの問題は数学的な問題が大部分を占めているからだ(たぶん)。ゴリ押しでやっても解けないことに絶望した僕は、このたびついに「競技プログラミングの鉄則」という本を購入。本腰を入れて問題に取り組む決意を固めた。決意も新たに、今日は問題を考えながら、チャンスの時間を眺めるなどした。やっぱり千鳥は面白いなぁ。

AtCoderのレーティング。なんとか緑にいきたいなぁ。

マクドナルドにて

僕は週末はほとんど必ずマクドナルドに行く。今日も例にもれず行ってきたのだけど、やはりマックが一番落ち着く。先日、コーヒー一杯で500円以上するような高級喫茶店に行ってきたのだけど、正直言って落ち着かなかった。「なんでこんな貧相な方がいらっしゃるのかしら」「なんだか貧乏くさいわね」どこからかそんな声が聞こえてくるような気がする程度には、落ち着きをなくしていた。落ち着かな過ぎて、いつもなら集中できるはずの読書もはかどらず、目を閉じてじっと瞑想していたくらいだ(疲れて寝ていたわけじゃないぞ)。性根から貧乏根性が染み付いているので、マックで中高生たちの下世話な会話を聞きながら、一杯100円のコーヒーを飲んでいるほうが気持ちが落ち着くのだ。その証拠に、今日のマックでは、じっくりと読書を楽しむことができた(行く前にがっつりお昼寝したから眠くなかったというのも少し関連があるかもしれないが)。
もう一つ、マックだとスマホで注文できてしまうのがいい。僕は結構な上がり症で、店員さんと話すときも、緊張して喉が震えている(仕事で同僚と話すときも震えている。というか、話すときはいつも震えているけど)。マックのモバイルオーダーは、スマホで注文できるばかりか、席まで運んできてくれるので、ほとんど会話せずに済む。これは本当によくできている。すべての店でこの仕組みを導入してほしいものだ。もしすべての飲食店でこの仕組みが導入されたら、僕の数少ない人との会話時間はさらに減り、独り言をつぶやくだけの週末を過ごすことができそうだ。

以前気まぐれに頼んだ月見パイ。バリうまい。

集中しろ

リモートワークにてどうやって集中するのかは、非常に重要なポイントだと思う。出社している場合と違って、監視の目はなく、さぼろうと思えばいくらでもさぼれてしまう。しかし、締め切りは待ってはくれない。だから、セルフコントロールして、それなりに成果を出していくことが求められる。かくいう僕も、仕事中は適度に昼寝したりご飯を食べたりランニングしたりしつつ、仕事(エクセルを開いたり閉じたりする)もするなどして、自分をコントロールしている。
ここ最近、どうしても疲れてきたときはスタンディングデスクにフォルムチェンジして仕事するようにしている。やっぱり立って仕事すると、気分転換できるというか、眠気が覚めるような感じがする(感じがするだけで、立っていても眠くなる時はあるのだけど)。このように自分の姿勢をコントロールすることで、自分の気分をコントロールし、ひいては仕事の成果をコントロールするのだ(血流にコントロールされているような気もするけど)。ただ、スタンディングデスク戦法もそろそろ賞味期限切れを起こしてきて、ここ最近は仕事中の集中力が下がってきているように感じる。そろそろ、別のコントロール手段を考えたほうがいいかもしれない。次は逆立ちでもやってみようか。

大塚国際美術館で見かけた錯視(?)の作品。立体的に見えてびびった